アリスズc

 しばらく、レチは呆然とリリューを見上げていた。

 その目が。

 少しずつ色を取り戻すにつれ──見る見る間に涙をためていく。

 ぼろぼろぼろぼろと。

 今度は、鼻の頭を真っ赤にして泣き始める。

「だ、だって…馬鹿じゃない、私!」

 話が、噛み合わない。

 リリューは、来てくれて嬉しいと言ったのに、彼女の返す言葉はまったく別方向にすっ飛んでいくのだ。

「あ、あなたと、何の…何の話もきちんとしたわけでもないのに…勝手に…押じがげで…」

 涙でぐしゃぐしゃになる顔が、言葉もぐしゃぐしゃにする。

「ぜっがぐ働いでだ夫人の屋敷もやめでぎぢゃうなんで…どうがじでだんだわ…来でなにがあるわげでもないのに…」

 わあわあと。

 見上げながら泣く彼女の感情の昂ぶりは、リリューには速すぎる。

 ただ、レチがひどく思いつめて都へ来たことだけは、強く伝わった。

「私、あなだにびどいごどをじだがら…もうごのまま一生会えないっでおぼっで…そうおぼっだら…」

 ひどいこと。

 もしかして、自分をはたいたことを言っているのか。

 リリューが思うより、もっと深く彼女はそのことを思っていたようだ。

 ただ。

 レチもまた、このまま一生会わないで終わることは、耐えられないと、そう思ったのか。

 そのことは、彼の心に暖かい風を入れる。

 だから。

「いるといい…」

 言っていた。

「この屋敷に…いるといい」、と。

 ぐっしょりと濡れた目が。

 一度、強く開かれた。

 その目元を袖でぐいぐいと拭った後、真っ赤な目がリリューを見上げて。

 真顔で、こう言った。

「こ、ここで…働かせてくれるの?」

 そうじゃないと説明するには──どこから話を始めたら良いのだろうか。
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