アリスズc

 朝、久しぶりに道場の掃除から始めようとしたら。

 既に、リリューとエインが来ていた。

「おはよう」

 桃は、弟に明るい声をかけた。

 道場は、聖域だ。

 身分の分け隔てがなくなるここでは、テルでさえ一人の武人見習いとなっていた。

 握った雑巾とにらみ合っていたエインは、はっとこちらを見る。

 ああ。

 桃は、分かった。

 おそらく、その掃除用具の用途が分からないのだろう。

 一般的に床を磨く時は、長い柄のモップが使われる。

 桃は、もう一つの雑巾を取って、リリューがくんでくれただろう水の入った桶の前に膝をつく。

 こうするのよ、と口で言うのは、彼の自尊心に関わるかもしれない。

 だから、彼女は至極ゆっくりと、手元を見せるように雑巾を洗い、そして強く絞り上げた。

 食い入るように、エインが見ているのが分かる。

 そして。

 桃は、道場の端へと立ち──雑巾を構えた。

 タタタタタタタ。

 裸足で床を踏みしめて、端から端まで雑巾がけをするのは、本当に久しぶりだった。

 桃が、剣術を習うと決めてから、毎朝毎朝、彼女はこうしていたのだ。

 最初は、よくべちゃっとつぶれて、肘や膝を打ったりしていた。

 懐かしい思い出だ。

 べちゃっ!

 聞き覚えのある音が聞こえて、そぉっと振り返ったら。

 遥か後方で、エインが昔の彼女と同じ状態になっていた。

 ただでさえ、長い手足と身体だ。

 それを、上手に折りたたんでしなければならない雑巾がけは、初めての彼には酷なことだろう。

 ふふふ。

 見ないフリをしながら、桃はつい微笑んでいた。

 父も、ああだったのだろうかと思ったのだ。

 なかなか姉とは認めてくれないようだが、弟と一緒にできる雑巾がけは、理想的な家族の形に憧れていた桃にとっては、幸せなもので。

 従兄が、木刀を磨きながら何か考え事をしているようだったが、桃はそれに気づきもしなかった。
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