アリスズc

「おはようございます」

 昨日まで、塩をかけた青菜のようにしなしなだった女性が、今日は軽やかにノッカーを鳴らして入ってくる。

 キクの部屋だ。

 とは言うものの、家主はさっき道場へ出かけてしまって、いまは満腹で幸せそうなジロウと、その赤子を可愛がるロジア、それを見ているエンチェルクという構図だったが。

 昨日までと、明らかに変わった表情と、その両手に持たれたものを見て、エンチェルクは言葉を失ったまま、まじまじと彼女を見てしまった。

 ホウキにモップに、水の入った桶。

 いかにも、これからこの部屋を掃除しますと言わんばかりだ。

「今日は、二階の掃除の受け持ちになりました。レチガークアークルムムです。昨日までは、お世話をかけました」

 昨日までの自分を払拭するように、ハキハキと言葉を紡ぎ、腰を屈めて挨拶をする。

 受け、持ち?

 しかし、エンチェルクは怪訝を隠せない。

 一体、彼女に何があったのか。

「あなた…新しい使用人になるのかしら?」

 ロジアは、彼女よりも怪訝な気持ちを抵抗なく口に出す。

 すると。

 にこにこと、レチは笑った。

 親愛の笑顔というよりは、働く人の笑顔だった。

「はい、こちらのご子息に許可をいただきました」

 手慣れた様子で掃除を始める彼女の背から、エンチェルクは視線を外せなかった。

 彼女は、リリューと恋仲ではないのか。

 何か、大きな勘違いが、自分の中にあったのだろうか。

 そして。

 ここの息子は。

 レチに、一体何を言ったのか。

 ただ。

 がむしゃらに働かずにはいられない性質が、その背にはあった。

 労働の中に、自分の生きる証があるかのように。

「寒いところの生まれなのね」

 港町にいながらも、国中の情報を手に入れてきたロジアの言葉に、一瞬レチの動きが止まる。

「暑さには…すぐに慣れます」

 さっきまでの元気さがすっと冷えた後、彼女はひねった答えを返した。
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