アリスズc

 説明…出来なかった。

 リリュールーセンタスは、いつもよりも随分少ない睡眠時間で、朝の稽古に行くことになってしまった。

 ただでさえ、昨夜はテルの来訪で遅くなってしまったのだ。

 その後、レチの居眠りをしばらく眺めた後、ようやく彼女と話が出来て。

 だが、ちゃんと話そうとすればするほど、会話は噛み合わなかった。

 リリューの言葉は、ゆっくり頭の中で組み上げてから、言葉にするというものが多く、とてもレチの唇の速度に、ついていけなかったのだ。

 最後には。

『とにかく、私をここで働かせてもらえないなら、出て行くしかないの』

 という、鬼気迫る言葉に押し切られてしまった。

 生来、がむしゃらな性分なのだろう。

 寺子屋でも、一生懸命勉強したからこそ、彼女は特別に紹介状を書いてもらえたのだから。

 働くからこそ、自分の居場所がある。

 レチの思考の根底に、そんな気持ちが流れているように思えた。

 その精神的なパワーは、浮き沈みの激しさはあるものの、ついにリリューを圧倒したのだ。

 朝、出がけに母にちらとそのことを伝えたら。

『それくらいが、お前には丁度いいんじゃないか?』

 と、ジロウを抱きながら笑っていた。

 そうはいうものの。

 このままでは、彼女は武の賢者宅の、働き者の使用人になってしまいかねない。

 まさに、本人がその気なのだから。

 そうしないためには、リリューが決定的な一言を言えばいいことで。

 なのに、その言葉を声にしようとした直前。

 思い知ったことがあったのだ。

 リリューには──レチを食べさせて行く甲斐性がなかった。

 給金をもらえるような仕事をしているわけでもなく、道場を継いだわけでもない。

 事実、彼はいま父親の家に住み、父親に食わせてもらっているような形だったのだ。

 そんな肩書で、どうして彼女に胸を張って言う言葉があろうか。

 武の道を行くことと、現実的な甲斐性は、あまりにかけ離れたところにあることに気づき、ついに最後の言葉を言えなかったのだ。

 どうした、ものか。

 リリューは、道場の木刀を磨きながら、深く考え込んでしまったのだった。
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