アリスズc

 桃は、鍛冶屋での衝撃から、すぐには立ち直れなかった。

 常識なんて、軽々と飛び越える母と伯母の行動は、子どもの頃から何度となく見ているというのに、慣れられるものではない。

 同じものを見ても、彼女らと自分とでは見え方が違うのだ。

 知識を蓄積し、人脈を作ってきた母。

 多様な立場の門下生を等しく受け入れ、相手を選ばず付き合ってきた伯母。

 二十年後、果たして自分は彼女らのような人間になっているだろうか。

「………」

 道場で、衝撃と仲良くしていたら、誰かに見られている視線に気づく。

 ようやく気付いた、といった方が正しいかもしれない。

 顔を向けると、そこには怪訝な目のエインがいた。

 随分、長い間見られていたのだろう。

 いけないいけない。

 姉である自分が、道場でしゃきっとしなくてどうするのか。

 というか。

 毎回、落ち込んでいてどうするのか。

 母は母で、伯母は伯母だ。

 桃はどうひっくりかえっても、彼女らにはなれない。

 模造品になろうとしたところで、あの二人から笑われるだけだ。

「モ…」

「よし!」

 桃は、両の拳をしっかりと握った。

 出来ることを、やろう。

 ではなく。

 出来ることを探そう。

 それには、まず母へアタックだ。

 鍛冶屋に行く時、自分でついていきたいとアピールしたように、母にアタックして出来ることを奪い取るのだ。

 待っていたって、何も来るはずなどないのだから。

 そうと決まれば。

 桃はたったか歩いて道場を出る。

 中に向かって一礼している時。

 ふと、何かにひっかかった。

 さっき、誰かに呼ばれかけた──ような。
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