アリスズc

 家に戻ると、テテラと母は縫物をしていた。

 布問屋から分けてもらう端切れの布は、母の収集品のひとつ。

 テテラの作っているものは、その端切れを美しく組み合わせた大きな布のようなものだ。

「綺麗でしょう?」

 母が、自慢そうにテテラの作品を見て目を細める。

「これなら、きっと布問屋さんも値をつけて下さるわ」

 ただの居候という立場ではなく、彼女は自分が食べて行くための地道な努力を惜しまない。

「本当に…このまま壁に飾ってもいいくらい綺麗ね」

 素直な桃の感嘆に、テテラはにこりと笑ってくれた。

 しかし。

「母さまは、何を作ってるの?」

 母の裁縫は、謎の物体だった。

 筒状の布に、綿を押し込んでいる。

「靴下を作っているの」

 靴下?

 また、謎な話が出てきた。

 足にはくのが靴下だが、普通の靴下に綿は必要ない。

 しかも、奇妙な形だ。

 はっ。

 考えろ、考えろ。

 桃は、自分に言い聞かせた。

 母は、嘘はつかない。

 これは、靴下なのだ。

 何のための靴下か、それを想像でも何でもいいから考えなければ。

 いま、母が一番力を入れているのは、何か。

 その靴下を──誰がはくのか。

 推察でよければ、答えは出るではないか。

「もしかして…テテラさんの靴下?」

 普通の足の形ではないというのならば、そうでない足のための。

「そうよ。この靴下が、彼女と足をつなぐ緩衝材になるの」

 母の頭の中には、テテラの足の構造が入っている。

 それが、分かる一言だと思った。

「ど、どういう設計なの? 母さま」

 身を乗り出し、桃は母に詰め寄る。

 母は、綿を詰める手を止めた。

 深い深い黒い瞳が、自分の目を覗きこむ。

 その奥の、真意を知ろうとするかのように。

 少しして。

「…紙と筆を持ってらっしゃい」

 母は、そう言ってくれた。

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