アリスズc

 最後の歌。

 正直に言えば、ハレはその歌をコーに覚えて欲しくなかった。

 同時に。

 トーに教えて欲しくなかった。

 それは、同じ意味に聞こえるだろう。

 だが、そうではない。

 そうでは、ないのだ。

 ハレは、宮殿の屋根にいたトーを見つけた。

 夜の闇に完全に溶けることはない、真っ白な髪。

「私は、あなたが好きだよ、トー」

 月の一族でありながら、彼は太陽を憎まない。

 自分の持つ力を、私欲のために使わず、多くの人を癒そうとしてきた。

 イデアメリトスにあるまじき、夜の世界を見たいとハレに思わせた男だ。

「だから、私は…心配している。あなたがもう、満足したのではないかと」

 彼には、同じ魔法の血を持つ娘が出来た。

 本当の意味で、親子ではないことなど関係ない。

 彼の魂の歌の全てを、伝えられる相手がそこにいる。

 それが、重要なのだ。

 ひらり。

 屋根から地上に降り立ったトーを見た。

 怪訝ひとつ見えない、静かな瞳。

 草食獣に王がいるとするならば、きっと彼のような目をしているだろう。

 そんな彼に。

 ハレは、こう言った。

「最後の歌は…満足してしまったあなた自身を、滅ぼしそうな気がするんだよ」

 時は。

 止まらなかった。

 トーが、微笑んだせい。

「私は…娘とそれに連なる子孫のために…新しい『場』を用意したいと思えるようになったのだ」

 新しい『場』

 それが何かは、ハレには分からない。

 だが。

 新しい『場』があるというのならば。

 どこかに、古い『場』があるのだと──そうハレに予感させたのだった。
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