アリスズc

 彼女──レチは、使用人部屋へと移っていた。

 毎日、着々と使用人の地位を固めている彼女は、とても満足そうに見える。

 思い込みの強さと、若さ特有の頑固さがたまに出てしまうようだが、他の使用人たちともうまくやっている。

 リリューに会うために来たことなど、幻だったのかと錯覚してしまうほど、レチはこの家に馴染みつつあった。

 仕事を終えたレチの部屋の前。

 外は夜で、女性を訪ねるには少し遅い時間。

 リリューは、彼女の部屋のノッカーを鳴らした。

「はい?」

 少し慌てた問いかけは、自分の部屋を訪問する人など誰もいないと思っているからか。

「私だ…少し話が出来ないか?」

「………!」

 中のレチが、激しい驚きを感じているのが分かった。

 ばたばたと何か仕度をしているような音が聞こえた後、それはぴたりとやんだ。

「あ、あの…庭で待っててくれますか? もう少ししたら行きますから」

 いま全ての準備を終わらせるのは、無理だと判断したのだろう。

 わかったと言い置いて、リリューは玄関を出た。

 ふっくらとふくらみかけている黒い月の下、彼は待った。

「えっと…何の御用でしょう」

 玄関の扉を、そっとそっと閉めながら、彼女の影が月の下へと現れる。

 髪に手をやるのは、慌てて編み直してきたからか。

 こうして月の下で会う方が、自分たちらしい気がする。

「近々、戦いに出ることになった」

「え…」

 意外な声だった。

 この話をしたのは、これまで父母だけだ。

 使用人の噂話にも上がらないなら、彼女が知るはずもない。

 長い間家を空けると、レチはそれはもうどこに出しても恥ずかしくない、立派な武の賢者宅の使用人になっているだろう。

 リリューは。

「出立の前に…私の妻になって欲しい」

 それを、阻もうとした。

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