アリスズc

「無理して来なくてもよかったのに」

 都の人々にもみくちゃにされ、すっかりエインは疲れているようだった。

 乱れた髪を整えている。

 背が高いので、乱れているのは後ろに垂らしている部分だけだったが。

「次代の太陽が出陣するのだから、見送りは当然だ」

 憮然としながらも答えるその言葉は、次代の領主のものだった。

 若くても、弟は立派な領主を目指して頑張っている。

 にまにま。

 そんな姿が父と重なる気がして、桃はつい頬を緩めてしまった。

 そのまま、姉弟でのどかにおしゃべりでもして道場に戻れると思っていたのに。

 既に、そこではのどかとはかけ離れた、穏やかじゃない空気が張り巡らされていた。

「えっ…」

 見送りにはいかなかっただろう伯母──道場の主が、立ちはだかっていたのだ。

 桃たちに対して、ではなく。

 イーザスに対して。

「テテラフーイースルを連れに来た」

 さあどけ、いますぐどけ、さっさとどけ。

 今にも爆発しそうな不安定な早口の声。

「残念ながら、彼女はここの客人でね…そして、自分の意思でここにいる」

 伯母は、わずかの怪訝も怯みもない。

 あっ。

 そんな二人のやりとりに、桃の頭の中で光が弾けた。

「来るの!?」

 反射的に、大声を出していた。

 イーザスは、この家にテテラを置いておくことを、不承不承ながらに了解していたし、いま彼女の義足が作られていることも分かっている。

 それなのに、こんなに性急にテテラを連れ去ろうとしているのは。

 ここに置いておくと、危ないからではないか。

 ここ──そう、桃のそば。

 忌々しそうに、自分の方を振り返るイーザス。

 そんな彼に、もう一度聞く。

「ユッカスが…来るの!?」

「いいからテテラフーイースルを渡せ!」

 会話は。

 噛み合っていないようで。

 実は、噛み合っていた。
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