アリスズc

「一人でも大丈夫だったのに」

 桃は、横を歩く弟にそう話しかけた。

 天の賢者宅へ行く、道のりのこと。

 伯父以外の賢者を知らない桃からすれば、高級貴族でもある天の賢者宅へ行くのは、正直非常に重く感じていた。

 だが、伯母が信じて──天の賢者への嫌がらせも兼ねて──任せてくれたのだから、一人でやり遂げたかったのだ。

「先生は、やり方が乱暴すぎる」

 エインは、少し言葉が乱れていた。

 自制してはいても、怒りが外へ洩れる、というか。

「モモも、少しは自分が未婚の女性である自覚を持つべきだ」

 その怒りのとばっちりが、飛んでくる。

 自分が女であることを、忘れることはない。

 男のように振舞うことにも、興味はない。

 けれど、女だからと言って、さしたる制限のない環境で育って来た。

 道場でも、家でも。

 そっか。

 いま、私──エインに心配されてるんだ。

 剣の腕が、どちらが上か下かではなく、ただ純粋に女性に無茶をさせることを、男として傍観出来ない。

 そう考えているように思えたのだ。

「男らしい弟を持てて…私、幸せ者だな」

 新鮮なその感覚に、桃はまたしても頬を緩めてしまった。

『弟』と口に出したせいで、どうしても認める気のなさそうなエインは、表情を曇らせてしまったが。

「でもね…」

 そんな頬の内側には、桃を取り巻く女性たちの記憶が沢山詰まっている。

 母が、伯母が、エンチェルクが、太陽妃も、コーも、ロジアもテテラもジリアンも。

「女性には女性の…戦い方があるんだよ」

 誰ひとりとっても、同じ形はない。

 桃は、桃の形で戦うのだ。

 エインは──理解できないように、ひとつ大きなため息をついた。

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