アリスズc

 桃は。

 自分が、本当に恵まれていたのだと、今日よくよく分かった。

 彼女は、素晴らしい大人たちに囲まれて育った。

 子供たちと言えば、リリューやテル。

 他の子も、主に道場の門下生だったため、ひどい言葉をぶつけられることもなかったのだ。

 だから、まったく悪意に対する耐性がなかった。

 棘全開の感情。

 ただ救いだったのは、オリフレアという女性は桃を憎んでいるわけではない、ということ。

 憎しみを元にした悪意ならば、自分のショックは計り知れなかっただろう。

 だが、彼女はただ手当たり次第に悪意をぶつけているに過ぎなかった。

 そこにいたのが桃だったから、簡単にくらってしまったのだ。

「オリフレアはね…」

 再び旅路に戻った時、ハレがそう切り出した。

「オリフレアは、放っておかれた子でね。彼女の母は、奔放な人だったから」

 悪い人ではなかったんだが。

 女性にしておくには、勿体ないほどの豪傑。

 ハレの語る、親の世代の話。

 桃が、母や周囲を通じて伝え知るしか出来ない世界。

「だから、オリフレアは自分が誰からも望まれた人間ではないと思い込んでいる。その誤解を解くには、既に彼女の母は亡くなってしまったしね」

 だからといって、暴言が許されるわけではないが。

 ハレは、穏やかな声でそう言ったが、同情深げではなかった。

 事情を説明しながらも、オリフレアとの間に距離を感じる。

「あの…お父さんは…?」

 さっきから。

 ハレの話には、彼女の母しか登場しない。

 普通、子供には母親がいれば父親もいるはず。

 母がダメながら、父でもいいではないか。

 桃は、素直にそう思ったのだ。

「………」

 ハレは、答えなかった。

 ただ、薄く微笑むだけ。

 そういう微笑みを、桃は見たことがあった。

 自分の母、だ。

 あ。

 分かった。

 オリフレアの父も、自分と同じ──ワケありなのだ。
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