アリスズc

 伯母の読みでは。

「武の賢者宅の遣いの者です…客人を返して頂きにあがりました」

 連れ去られたレチは、間違いが分かったからと言って、即座に解放されないだろう、ということ。

 少なくとも、ロジアについて根掘り葉掘り聞き出し、一番悪い可能性は──交換条件の材料にされること。

 レチを返すから、ロジアを寄こせ、と。

 元々、テテラをさらうのではないかという予想だったらしい。

 彼女を連れ去り、イーザスを釣る。

 しかし、月の一族の討伐が決定し、武の賢者宅が手薄になったと見るや、計画を変更したのだ。

「あら、ちょうどよかったわ」

 使用人の後方から、美しい娘が現れた。

 桃よりも年下だろうが、賢そうな額と表情が印象的だ。

 身なりや態度からすると、この屋敷の娘だろうか。

「これ、持って帰ってくださる?」

 差し出されたのはレチ──ではなく、手紙だった。

「私が名代で参りましたので、この場で開けさせていただきます」

 桃は、迷いなく手紙を開けた。

 賢そうな娘が眉間に、皺を寄せているのも無視して、中身を流し読みする。

 しっかり読むまでもなく、交換の申し出だった。

「お父上にこうおっしゃって下さい…『客人を返して下さるまで、ここで待たせていただきます』と」

 手紙をたたみ、懐にしまいながら、桃は微笑んだ。

 こういう時は、微笑むもの。

 桃の中にも、山本の血が流れているのだから。

「いくら待っても、望みはかないませんことよ」

 勿論、そう言われることくらい、百も承知だった。

 だから、桃は少し困った風に笑うことにしたのだ。

「私、異国の爆弾男に命を狙われているんです…爆弾ってご存知ですか? この屋敷の半分くらい、消し飛んでしまうかもしれませんね」

 爆弾の威力を、少々誇張してしまったが、後悔はしていない。

 天の賢者の弱点なら、伯母に聞いてきた。

 彼は、自分の命と同じくらい大事なものをこの屋敷に持っているのだ。

 そのことは。

 この娘も知っているのだろう。

 表情が、さっとこわばったから。

 それは。

 たった一人の──この家の息子。


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