アリスズc

 娘が去り、エインと桃は玄関先に放置された。

 使用人はいるが、命令がないためか、みな直立したままだ。

 ここは、随分窮屈な主従関係のようだ。

 そんな居心地の悪い空気を、荷馬車の音が切り裂いた。

 誰かが来たようだ。

 振り返ると。

「ああ、モモが名代か」

 身軽に降りて、ずんずん進んでくる男が一人。

 ヤイクだった。

 天の賢者の甥である。

 エンチェルクが、彼にも事の次第を綴った書状を送ったのだろう。

「叔父上も、随分間抜けなことをなさったものだな。恥ずかしさも相まって、タダでは引っ込めないのだろう」

 辞儀をする桃とエインを一瞥して──特にエインは、本当に一瞬しか見なかったが──彼は、その辺の使用人全員に聞こえるほどの大きさで、遠慮会釈なく賢者を批判した。

「聞こえているぞ…ヤイクルーリルヒ」

 反応したのは使用人ではなく、二階の手すりに現れた男だった。

「これはこれは天の賢者殿…愛らしい子息は、抱いていらっしゃらないのですな」

 皮肉たっぷりの笑みで、ヤイクは悪びれるそぶりもない。

 まるでいつもは、ただ一人の息子を抱いて現れるような言い方だ。

 それほど、可愛がっているのだろう。

「爆弾男に狙われている娘が来ているらしいからな…ヤイクルーリルヒ、そこの娘を早くつまみ出せ」

 二階から、賢者は降りてくる気配がない。

 というより。

 桃に近づきたくないように見えた。

 今すぐにでも、どこかで爆弾が炸裂して、巻き込まれるとでも思っているのだろうか。

 ヤイクがこちらを見たので、桃も苦笑しながら見返してしまった。

「危険から逃れようとするよりも、その爆弾男を捕まえた方が、国のためにもなりますよ…身柄は叔父上の好きになさったらいい」

 異国人がそんなに欲しいなら、首級を差し上げます。

 彼は、そう言っているのだ。

 ユッカスを、渡す!?

 桃は、頭の中の符号の矛盾にぶつかった。

 あの危険な男を──生け捕りにしろ、と!?
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