アリスズc

 桜の苗を買いに来た双子の姉妹。

「桜の木…私も見ました」

 夫人宅の、少し手前の草原でのこと。

 魅入られそうなほど美しく、事実、本当にコーを連れ去りかけた。

「ハレと一緒に旅をしてくれたんですものね…美しく咲いていたと聞きました」

 懐かしそうに、太陽妃は目を細めた。

「何の導きだったんでしょう…桜の苗と、美しい菊さんの刀と、私も原因の一人なのかしら…ともかく、強い地震の後、気が付いたら三人ともあの草原にいたのよ」

 私も原因の一人。

 そう言った時の、彼女の複雑そうな表情。

 原因は分からないが、結果的に桜はあの場に根付き、魔法に似た力を得ているように見えた。

「あの桜は…帰り道なのかもしれないと、何度となく思ったけれど…」

 三人の女性は、誰一人として帰ろうとはしなかったのだ。

「日本は、良い祖国よ…でも、こちらの国の方に必要とされている気がしたの」

 働き者で技術を大事にし、最先端と田舎が同居し、現実的なのに迷信も大事にする──そんな不思議な祖国の話。

 夜の昔話は、時間を忘れるほど桃にとって楽しかった。

 だが、ふっと太陽妃は唇を一度閉じた。

「子ども…?」

 その唇が、再び怪訝とともに開く。

 話をしながらも、太陽妃はずっと窓の外を見ていた。

「こんな夜に、子どもが一人で外へ出る…はずはないわね」

 首をかしげる彼女の側に寄り、桃も覗いてみたが、暗過ぎて人影らしきものは判別出来なかった。

 翌朝。

 太陽妃が、朝食の時に他の皆にその事を語ると、一人の表情がさっと曇った。

 それは──エンチェルク。

 彼女は、すぐさまロジアの方を見る。

 ロジアは、澄ました顔をしたまま食事を続けていた。

「夜に子どもが一人で、こんなところをウロつくなんて…ユッカスの子で間違いなくてよ」

 日本人が、こうして子を成して増えているように。

 異国人の血もまた、この国で増えていたのだ。
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