アリスズc

 あ、飛脚だ。

 桃は、すれ違いざまに振り返り、目で追った。

 街道を相当早い速度で、それは駆け抜けてゆく。

 隣の町まで着くことのみを目的としているため、馬をしっかり走らせるからだ。

 早く届けることと同時に、それは荷の安全を守るためにも必要なこと。

 人々の大事な荷を積んでいるのだ。

 それが、頻繁に盗賊に遭い、不達の事態が増えれば、すぐにお客は減ってしまう。

 信頼を守るための速度。

 そう、母が飛脚のことを教えてくれた。

 桃にとって、飛脚は父の手紙を届けてくれる、たった一つの大事なもの。

 だから、彼女は飛脚の荷馬車が一番好きだった。

 伯母が、道場に通うついでに、いつも荷を拾ってきてくれる。

 父からの手紙は、いつも母宛。

 だから、桃は決して自分でそれを開けて見ることが出来なかった。

 母が目を通した後、そしてようやく彼女が呼ばれるのだ。

 父の字は、きちんと整っている。

 だから、桃も一生懸命綺麗な字が書けるように勉強した。

 父に手紙を書くのに、恥ずかしい字を書きたくなかったからだ。

 だが、母はなかなか桃自身が手紙を書くことを、許してくれなかった。

 ようやく許してくれたのは、母が桃を目の前において、三時間ほど話をした後のこと。

 つい、一年前の出来事だ。

 三時間。

 母は、父の立場について全て話をしてくれた。

 桃が、どれほど手紙の人を父だと思っても、それを決して口に出してはいけないのだと。

 母の言葉を飲み下すには、桃には時間が必要だった。

 飲み下したら、手紙に何と書いたらいいか──分からなくなった。

 でも。

 子供の頃から、会いたかった気持ちは消えず。

 ついに、桃は旅立ったのだ。

 飛脚は、桃と父を本当の意味ではつないではくれなかった。

 だから、自分の足で会いに行くのだ。

「飛脚か…」

 リリューが、彼女の視線の先を走り抜ける荷馬車を見て、小さく呟いた。
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