アリスズc

 行軍中のテルの元には、子どもが産まれたという知らせ以外の早馬ばかりが届く。

 その中でも、特に問題だったのは、都の留守を狙ったユッカスの暗躍の話だ。

 父も母も首を突っ込んでようやくユッカスは捕縛されたものの、キクが重傷、モモも怪我をしたという。

 異国の勢力ひとつねじ伏せるための犠牲は、女二人の怪我と、武の賢者の屋敷の一部の崩壊。

 計算で考えれば、安い代償だろう。

 敵の勢力を、育ちきる前にむしり取れた。

 首をもいだ異国の勢力は、軍令府の監視下に置かれる。

 この国に協力するならよし。

 協力しないなら、態度次第では排除されるか拘束されることもありえるが、とにかくゆるやかに消滅の道をたどるだろう。

 とりあえずは、ひと段落ついたということだ。

 良かったと手放しで言うには、しがらみがテルには絡み付いているのだが。

 野営の時に、武の賢者とリリューに都の状態を告げた。

 妻と姪の惨状を、武の賢者は表情ひとつ変えずに受け入れ、「分かりました」と答える。

 母と従妹の惨状を、リリューは小さく息を吐きながら受け入れた。

「心配ではないか?」

 安堵の吐息に感じ、テルは問いかける。

「重傷で済んだのなら、よかったです」

 返事は奇妙なもの。

 だが、道場に通っていたテルには分かった。

 彼らの考える線は、いつも「死」なのだろうと。

 その線さえ越えていなければ、どうにかなる。

 しかし、もしキクが死んでいたとしても、猛り狂う彼らの姿など想像はつかない。

 ただ、静かに悲しむのだろう。

 真似るつもりはないが、学ぶところはある。

 テルもまた、いつ誰かの悲報を受け取ることになるか分からないのだから。

 オリフレアが襲われた時のように。

 妻とおなかの子は、元気だろうか。

 賢者とリリューの親子を見ていると、テルの中にそんな思いがわく。

 べたべたと、触れあうばかりが愛ではない。

 遠く触れられない時に、こうしてただ思うこともまた──愛なのだろう。
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