アリスズc

 木々の生い茂る場所で、火や雷を使うのはハレの信条に反した。

 この山を、燃やしに来た訳ではないのだ。

 だから、風の力を借りることにした。

 強い風圧の面の風でも、切り裂く線の風でもない。

 あえて言うならば、知恵の風。

 ウメが、自分の成人の時に贈ってくれた本には、政治的な仕組みの話の他に、学術的な仕組みが記されていた。

 この世に存在するもの全ては、元素というものでつながり、その形を維持している。

 空気も水も土も石も。

 それらの元素が手をつなぎあい、姿を保っているのだと。

 だから、ハレは合間に自分の扱う力の深くを、探ろうとした。

 水を溢れさせながら、水の深くをじっと見つめたのだ。

 そして、分かったことがあった。

 イデアメリトスの魔法は、無から有を生み出しているのではない。

 どうも、元素を集め分解と結合で作り出し、その動きを制御しているようなのだ。

 それならばもっと、細かい分解や結合、制御の命令が出せるかもしれない、と。

 ハレは、指揮下の兵士を下げ、先頭に立った。

 コーの見つけた道を、三方──前方、左右から、月の一族が駆け降りてくる。

 ハレの右にはトーが立ち、左にはコーが立つ。

 髪を握る。

 風の緑に輝く手を、慎重に前方へと突き出す。

 右側面の敵には、右の歌が。

 左側面の敵には、左の歌が。

 ハレは、そんな歌を聞きながら、しばらくは他の風と混ざらぬ風の渦を作った。

 それを、押し出す。

 それなりに速ければいい。

 強さはなくてもいい。

 だが。

 その渦に巻き込まれた者たちは──ただ、バタバタと倒れてゆく。

 ハレはただ、作り出した風からひとつの元素をひきちぎっただけだった。

 バランスの崩れた気を吸うだけで、人はこれほど簡単に倒れてしまうのか。

 右も左も、がくりがくりと人が崩れてゆく。

 しばらくの後。

 森は、傷ひとつない死体の積み重なる、不自然な地獄となった。
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