アリスズc

「テル…」

 信じられない言葉を、聞いた。

 長く長く続けられたしきたりのひとつを、テルは崩そうとしているのか。

 たった六人しかいない、こんな暗がりの中で。

「ハレ…お前は今後髪を切らなくていい。命ある限り、この月の生き残りやその子孫が、イデアメリトスに反旗を翻そうとしたら殺してでも止めろ」

 テルに、殉じるなと命令している。

 長い長い時間を、ハレに投げ与える代わりに、同じだけの時間、イデアメリトスの平穏に貢献しろと言っているのだ。

 だが、弟はそんな特権を軽く自分に投げ与える気はない。

 分かっている。

 だから、ここに部外者がいるのだ。

「ビッテルアンダルーソン、リリュールーセンタス!」

 テルは、厳しい声で二人の名を呼ぶ。

「はっ!」

「はい」

 強い声と静かな声が、この空間に反響した。

「俺の言っている意味は理解出来たな? このことは、決して公にはしない話だ。二人にのみ、この秘密を子孫へ受け継がせることを許可する。もう一度月の一族が台頭してきたり、兄に不穏な動きがあったら…その時代のイデアメリトスと共に、何があっても根絶やしにしろ」

 テルは、保険を二つかけたのだ。

 ハレという一つ目の壁。

 もし、ハレが先に死ぬようなことがあったり、心が変わってしまうようなことがあった時のために、ビッテとリリューの一族を監視につけようとしている。

 ビッテのは、貴族の血筋。

 本人は賢者となり、おそらく良い身分の妻を得るか、養子に入ることによって、貴族の地位を手に入れる可能性があった。

 彼が、貴族側の監視人。

 そして、リリューは日本人の母を持つ剣術家だ。

 彼自身には、日本人の血は流れてはいないが、その心は見事に受け継いでいる。

 おそらく、彼の子孫にもそれは受け継がれていくだろうが、貴族社会とは無縁のままに違いない。

 彼が、民間側の監視人。

 ハレが、この父娘を生かしたいと願ったから。

 弟は、これまでの慣習を破ってまで、両方を立てようとしたのだ。

 この答えにたどり着くまで、どれほど考え抜いたか。

 やはり。

 テルは──太陽になるべき器を持った男だった。
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