アリスズc

 宮殿から出たところに──エインが立っていた。

 あの夜以来、弟はすっかり過保護になっている。

 またいつ、桃が爆弾に吹っ飛ばされるのではないかと心配してくれているのだ。

 もう平気なのになあ。

 困って苦笑が出るものの、断るのはもはや無理であることも分かったので、好きにさせている。

 そのうち、エインは領地に帰ってしまうのだ。

 それまでの、姉弟水入らずの時間だと思えば、幸せなことではないか、と。

 町は、楽しげな空気に包まれている。

 浮足立つ気配が、そこかしこに潜んでいて、人々は本当にうれしそうに笑う。

 月討伐が成功したことが、既に町中に広まっているからだ。

 遠征組が帰ってきたら、凱旋祭が行われるという。

 太陽の栄華が、これでまた更に続くだろうし、それにより人々は安定した生活を送ることが出来る。

 異国人の強硬勢力が排除されたこともまた、一般には知られてはいないが、この国の栄華の助けとなるだろう。

 異国人。

 桃は、ふと思考を流してしまった。

 あの夜、カラディがいた。

 それきり会ってはいないが、少なくとも彼は太陽により放免されたはず。

 カラディは──自由になっただろうか。

 彼の望むように、好きなように生きているだろうか。

「モモねぇさん!」

 雑踏の中から、少年が飛び出してくる。

 剣術道場の門下生だ。

 背の高い姉弟が歩いているのだから、遠目から見つけやすかったのだろう。

 結構な距離から走ってきたのか、息があがっている。

「モモねぇさんに渡してくれって」

 差し出されたのは、手紙。

 宛名は書かれているが、差出人はない。

「どんな男だ?」

 桃の問いかけより、エインの方が速かった。

 しかも、なぜ『どんな人』ではなく、『どんな男』なのか。

「んー、無精ひげの生えたおっちゃんだったよ」

 屈託のない、分かりやすい回答。

 誰かなんて、考えなくてもすぐに分かった。
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