アリスズc

 エインは、とても不機嫌になっている。

 さっきの手紙を、桃が開けることなく懐にしまったのを、睨みつけるような目で見ていた。

 弟は、異国人の勢力として、イーザスには会った。

 ロジアにも会っている。

 しかし、カラディには会ってない気がする。

 どんな人か分からなければ、ここまで不機嫌になりようもないはず。

「もしかして…カラディって人…知ってる?」

 まさかね。

 そう思って聞いた言葉は──なおさらエインの口の端を下にひん曲げた。

 あちゃああ。

 桃の預かり知らないところで、弟はあの男に会っていたのだ。

 どんな失礼なことを言ったんだろう。

 彼のよく回る口のことは分かっているから、エインの気分を害することを言ったに違いない。

「ごくたまに…うちに出入りしていた男だ」

 その不機嫌な唇が、意外な言葉を紡ぐ。

「え?」

 この場合の『うち』とは、テイタッドレック家のことだろう。

 そういえば、出会った頃にカラディは自分のことを、その家の人間と似ているとか何とか言っていた気がする。

「学問好きの貴族の要望を叶えるため、うちの領地で採取などをする許可を取ったりしていた」

 その当時は、カラディはまだ祖国に捕らわれていたから、おそらく情報収集に入ってきていたのだろう。

 ついでに、領主とその一族の様子を確認しておこうと思ったのか。

「私は、その時からあの男のことは好きにはなれなかった」

 ビシャリ。

 ことさら、語気を強めたわけではないが、容赦のない言葉の切り方だった。

 相当に嫌われているようだ。

 桃には。

 忘れられない、彼の目がある。

 自分が、日本人の血を引いていると聞いた時の、カラディの目。

 違う国から来たというのに、あの一瞬、彼はこんな目をしたのだ。

『会いたかった』

 この国に馴染むことが許されない自分の身の上を、何も感じていなかったはずはない。

 だから、少し違う自分に近づいてきたのかもしれない。

 懐の中で──ただの手紙が、ほんの少し温度をもった気がした。
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