アリスズc

 伯母の足が元に戻ったことで喜んでいた桃は、自分の懐に入っているものを思い出してしまった。

 まだ修理の終わっていない風通しのいい廊下に出て、それから西側の自分が借りている部屋へと向かう。

 ベッドに腰掛けて、懐から手紙を取り出す。

 自分の宛名を、しみじみと見た。

 急いで書いたような、のたくった文字。

 余り筆は上手ではないようだ。

 ゆっくり、ゆっくりと開く。

 勝手に胸が騒いで、指先が震えてしまいそうだったのだ。

『明日、都を去る』

 単刀直入な一言から始まる手紙。

『夜は”日差し亭”にいる』

 そして、あっさりと2行目で終わっていた。

「………」

 ひどい手紙もあったものだ。

 礼儀作法とか、人への心遣いとか、そういう次元でのひどさではない。

 一見、事実を並べているだけのように見せて、桃に判断させようとしているのだ。

 俺はどっちでもいいんだ、と。

 お前が俺に会いたければ、勝手に来い。

 そんなことを、わざわざ手紙で伝えるところが、なおいやらしい。

 言葉で伝えたならば、その瞬間に答えを出さなければならない。

 しかし、手紙であれば、考える時間を桃に与えられる。

 日暮れまでもう少し猶予があるし、その間悩み続けることが許される。

 結局のところ。

 カラディは。

 桃に、来て欲しいのだ。

 来て欲しくないのならば、そもそも手紙などしたためるはずもないし、こんな回りくどく悩ませる必要もない。

 人の心を、扱い慣れた男の行動に思えた。

 こういう仕掛けをすれば、桃はきっと来る、と。

 それが、ひどく癪に思えた。
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