アリスズc

「もうすぐ夕食だ。こんな時間に、女が家を出るべきじゃない」

 どうして、玄関にエインがいるんだろう。

 まるで、桃が外に出ようとしていることを知っていたかのように。

 いや、知ってはいなくとも、予想は出来たのかもしれない。

 あの手紙を受け取るところを、彼は見ていたから。

「もしかして…ずっとここに立ってたの?」

 しかし、内容までは見ていないのだから、エインが時間を知るはずがない。

「…そんなことは、どうでもいい」

 一段階険しくした表情を浮かべながら、にべもなく答える。

 桃の想像は、外れていなかったのだろう。

 うーん。

 弟は、桃にテイタッドレックの娘たる規範を求めているように思える。

 それに合わないものには、とても厳しいのだ。

 夕刻に家を出ること、そしてカラディに会うこと。

 そのどちらも、相応しくないと思っているのだろう。

 桃としても。

 あの男に会わずに済むものならば、その方が本当はいいのだ。

 ただ、手紙はずるくいやらしく。

 まるで、今夜会えなければ、もう一生会うことはない気配を匂わしていた。

 それならば、この胸のもやっとしたものを、どうにか片づけてしまいたかった。

 それが。

 それが、どんな結末を迎えるとしても。

「エインライトーリシュト…私は死ぬまできっとテイタッドレックは名乗らないわ。娘であることを触れまわる気もないの」

 だから、そこまで神経質になることはない。

 そう桃は、弟に伝えようとした。

 のに。

「そんな話じゃない!」

 エインは、とても怒ってしまった。

 ますますかたくなに、玄関を閉ざす番人になってしまう。

 困ったなぁ。

 桃は弟の突破をあきらめて二階に戻り、自室の方を見た。

 まだふさがっていない、西側の壁。

 うーん。

 敷布2枚あれば、何とかなるかなぁ。

 桃は──やはり、テイタッドレックの娘にあるまじきことを平然と考えていた。
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