アリスズc

「何をしている?」

 キクは、そう玄関に向けて声を投げた。

 そんな彼女を、エンチェルクは脇から支えていた。

 しばらくの間動かしていなかった彼女の足は、随分衰えてしまっていて。

 何とか普通の床は歩けるようだが、階段はさすがに厳しいらしく、エンチェルクが補助しているのだ。

 玄関には、エイン。

 誰にも戸を開けさせないという、気迫を持った門番のようだった。

「大したことではありません」

 彼は、キクの問いを流そうとした。

 しかし、表情が言葉をはっきりと裏切っている。

 更に。

 さっき二階で見た景色が甦った。

「桃を出さない気か?」

 笑いが、支えた身体を通して伝わってくる。

 キクが意地悪に笑っているせいだ。

 やれやれ。

 エンチェルクも、ため息をついた。

 エインがモモに抱いている感情に、干渉する気はない。

 人を思うのは自由だし、止められないこともあるだろう。

 しかし、若いためか、エインは拙い感情表現になってしまう。

 そんな縛り方をしたって、モモはすり抜けてしまうだけだというのに。

 事実。

「桃なら、さっき二階の西側の穴から出て行ったぞ」

 そう。

 本当に、桃はすり抜けて行ってしまったのだ。

 敷布をロープにして、するするっと。

 目撃されたことに気づいた彼女は、小さな苦笑いを残して消えて行った。

「……!」

 ブチっと、エインの何かが切れた音が聞こえた気がした。

 バン!

 さっきまで、自分が守っていた扉を開け、彼は出て行ってしまう。

「今日は、夕食は余りそうだな」

 キクにとっては──その程度の問題だったようだ。
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