アリスズc
∞
顎で、呼ばれる。
上がってこいと。
カチンとした。
桃は、逆に顎でテーブルを指す。
下で話しましょうと。
宿屋とは言え、女を部屋に誘うなんて良くないことだ。
そんなことは、テイタッドレックと関係ない基本倫理レベル。
これだけ多くの目撃者のいる中、そんな恥ずかしい真似は出来なかった。
そのまま、階段ごしに睨みあう形になった。
桃は、確かに手紙を見てやって来たが、何もかもカラディの思い通りになる気なんてない。
はぁとため息ひとつ。
びくとも動かない桃に、ようやく折れた男が階段の残りを下りてくる。
「見張られてんだよ…それくらい知ってるだろう?」
すれ違いざま、チクリとやられた。
「悪い事しなきゃ、捕まったりしないわよ」
彼の後ろからチクリとやり返す。
カラディは一度足を止め、それから何とも複雑な表情で振り返った。
「お前さんが、いかに能天気に生まれ育ったかってのがよく分かるねぇ」
理不尽の少ない国に住むと、人は楽天家になるのだろうか。
理不尽の多い国から来た彼には、それが大きな違和感に思えるのだろう。
複雑な顔を前に向けると、彼は端の空いたテーブルについた。
向かいに座る。
「飲むか?」
「飲みません」
固い桃の壁に、カラディはつまらなそうに、店の親父に適当に自分用の酒と料理を注文している。
「部屋にも来ない、酒も飲まない…一体、何をしに来たんだ?」
ひどい聞き方をされた。
「あなたが来させたんでしょう?」
あんな手紙をよこしたのは、この男ではないか。
「何処にも来て欲しいなんて書いてないだろう?」
「じゃあ、あの手紙は何だったの?」
「何って…どう見ても、別れの挨拶だろう?」
「私にはそう見えなかった」
固い言葉の平行線。
向こうの線の上を歩くのは、カラディ。
こちらの線の上を歩くのは、桃。
「それは…お前が俺を好きだからだろ?」
「好きだったら、何だというの?」
そんな言葉を認めたって──平行なことには、変わりがなかった。
顎で、呼ばれる。
上がってこいと。
カチンとした。
桃は、逆に顎でテーブルを指す。
下で話しましょうと。
宿屋とは言え、女を部屋に誘うなんて良くないことだ。
そんなことは、テイタッドレックと関係ない基本倫理レベル。
これだけ多くの目撃者のいる中、そんな恥ずかしい真似は出来なかった。
そのまま、階段ごしに睨みあう形になった。
桃は、確かに手紙を見てやって来たが、何もかもカラディの思い通りになる気なんてない。
はぁとため息ひとつ。
びくとも動かない桃に、ようやく折れた男が階段の残りを下りてくる。
「見張られてんだよ…それくらい知ってるだろう?」
すれ違いざま、チクリとやられた。
「悪い事しなきゃ、捕まったりしないわよ」
彼の後ろからチクリとやり返す。
カラディは一度足を止め、それから何とも複雑な表情で振り返った。
「お前さんが、いかに能天気に生まれ育ったかってのがよく分かるねぇ」
理不尽の少ない国に住むと、人は楽天家になるのだろうか。
理不尽の多い国から来た彼には、それが大きな違和感に思えるのだろう。
複雑な顔を前に向けると、彼は端の空いたテーブルについた。
向かいに座る。
「飲むか?」
「飲みません」
固い桃の壁に、カラディはつまらなそうに、店の親父に適当に自分用の酒と料理を注文している。
「部屋にも来ない、酒も飲まない…一体、何をしに来たんだ?」
ひどい聞き方をされた。
「あなたが来させたんでしょう?」
あんな手紙をよこしたのは、この男ではないか。
「何処にも来て欲しいなんて書いてないだろう?」
「じゃあ、あの手紙は何だったの?」
「何って…どう見ても、別れの挨拶だろう?」
「私にはそう見えなかった」
固い言葉の平行線。
向こうの線の上を歩くのは、カラディ。
こちらの線の上を歩くのは、桃。
「それは…お前が俺を好きだからだろ?」
「好きだったら、何だというの?」
そんな言葉を認めたって──平行なことには、変わりがなかった。