アリスズc

 目を覚ましたホックスは、すっかり熱が下がっていた。

 桃は、それにほっとしながらも、野営の準備に取り掛かっていた。

 辺りは、すっかり夜になっていたのだ。

「前から思っていたが…」

 まだ少しけだるそうなホックスが、語り掛けてくる。

 話し方が、ハレに対するものではなかったので、つい桃は視線を彼に向けた。

 こっちを見ている。

「野営に慣れているのだな…市民は皆そうなのか?」

 桃に、というより――桃とリリューに、問い掛けているという感じだった。

「おばさまが…ああ、リリューのかあさまなんですが、よく小さな旅に連れ出してくれたんです」

 世間話のように桃は語るが、ホックスはまるで学問のようにしかめっつらしい顔で聞いている。

 しばし、彼の反応を待つ。

 それほどすぐには、ホックスはしゃべりださなかったのだ。

「ああ…君たちは従兄弟なのか」

 何を今更、な話だった。

 それを、真面目に語られるものだから、桃の方が面食らってしまう。

「そうです」

 答えたのは、リリュー。

 その目には、笑みがあった。

 声にも何か、前までと違う響きが。

 リリューが少しだけ、ホックスに歩み寄った気がしたのだ。

 そういえば。

 ホックスに、個人的な話を聞かれたのは――これが初めてだった。

 そっか。

 ホックスはいままで、彼女たちをただの空気のような使用人だと思っていたのだろう。

 だから、興味もないので、話し掛けもしない。

 そんな彼が。

 やっと、二人を認識したのだ。

 一緒に旅をしている人間なのだと。

 同じ釜の飯を食べて、日夜の苦難を共にすれば、その人間のことが、よく分かる。

 そう言っていたのは、伯母だった。

 釜の飯なるものは、食べたことはなかったが――共に食べるパンを切り分けることは出来たのだった。
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