アリスズc

 トーは、ある日満足をした。

 娘を手に入れ、自分の心を彼女に全て託して、自分が消えてもかまわないと思ったのだ。

 ハレは、それを止めた。

 トーという人間は、一人しかいない。

 代わりなど、決していないのだ。

 だから、ハレは自分が出来うる最大限の力を使うことにした。

 彼が命を、失う理由を消し去るために。

 トーは、命を粗末にしているのではない。

 使うべき時に、使うことにためらいがないだけ。

 だから、命を使う理由さえなくなれば、彼は踏みとどまると思ったし、結果的にそうなった。

 彼は、自分自身ではなく夜や月が愛されれば、幸せな人だ。

 いや、そうあることが、自分への愛だと思っていたように感じていた。

 そして、多くの人に愛の歌を歌う日々を送る。

 昔、少し母とトーの話をした時、『あの人は、菊さんを大好きだったわ。太陽の当たる世界に、引っ張り出した人だったからかしらね』と言っていた。

 しかし、彼女は武の賢者の妻となった。

「モモは、トーのことが好きなのかい?」

 誰かが、彼のことを個人として愛する日が来るのだろうか。

 コーを愛しているハレだからこそ、気になることでもある。

「桃は…他の人が好きだったみたい。それに、桃は愛がいつもいっぱいあるところで生きているから、お父さんの心も、その中のひとつだと思ってる」

 言外に、モモは鈍いと言っているコーに、思わず笑ってしまった。

 人の色恋まで語れるほどに、彼女も成長したようだ。

「エインライトーリシュトも桃を愛しているけど…桃はやっぱり他の愛のひとつだと思ってる。コーね…桃には一番幸せになって欲しいな。でも、お父さんにも一番幸せになって欲しい…一番がいっぱいで、時々困ることもあるよ」

 ままならない人のを心表すかのように、指先でくるくると円を描くように動かす。

「私は、コーに一番幸せになって欲しいよ」

 その指先を、ゆっくりと捕まえてみる。

 コーの指は、逃げなかった。

「あ…ハレイルーシュリクスも…ちゃんと一番だから…」

「知っているよ」

 はにかむバルコニーの白い花を、ハレはゆっくりと抱き寄せた。
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