アリスズc

「ゆっくり飲んでね」

 桃は、横たわる少女の口に、植物の茎をそっと近づけた。

 この茎は、中が空洞になっているため、水分を通す管になるのだ。

 そう教えてくれたのは、ハレだった。

 目を開けた少女は、まだ何の力も取り戻してはいない。

 かろうじて、ハレの魔法で命をつなぎとめているに過ぎないのだ。

 桃は、塩と砂糖で水を作った。

 伯母に、旅路で習ったのだ。

 普通の水よりも、もっと早く身体にしみ込む命の水。

 彼女は、病的に痩せていて。

 ここ何日も、まともな食事をしていなかったに違いない。

 おそらく、倒れた理由も栄養失調が大きく関わっているだろう。

 人形のように力なく、しかし口に注がれる水を飲み込む。

 桃は、同情深く彼女を見つめた。

 自分とそう年の変わらない少女が、こんなところで一人で行き倒れているなんて。

 だが、同時に薄々気づいてもいたのだ。

 あの男たちは──この子を探していたのではないか、と。

 一部を除いて、ほとんどが白い髪。

 トーと、同じ髪。

 彼と同じ血を引いているというのならば、月側の生まれということにならないか。

 だが、そんなことを桃が口に出す必要はなかった。

 聡明なハレや彼女の従兄が、そのことに気づいていないはずなどないのだから。

 分かっていて、助けると決めたのだ。

 この少女は、あの男たちから逃げていた。

 要するに。

 月側から逃げていたのだ。

 どこへ行こうとしたのか、何をしようとしたのかは分からない。

 しかし、そこにいられない理由があったのだろう。

 桃は漠然と、この子をトーに会わせなければならない、と思った。

 おそらく彼ならば、この少女を助けることが出来るだろう、と。

 この子も…歌うのかしら。

 桃は、少女を見つめたが──その唇は、ただ水を飲むだけだった。
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