アリスズc

 ハレは、目を閉じていた。

 美しすぎる歌声が、空気を震わせるからだ。

 その声を、より多く拾うためには、視覚というものが余計に思えたのである。

 頬を震わせる、美しい絹糸の声。

 目を閉じていても、彼女の歌声が空気を輝かせているのが分かる。

 数日前。

 雨の中、ハレは遠くで弱弱しく光る何かを見た。

 彼にとっては、夜は夜ではない。

 少なくとも、生きているものの多い空間では、とても明るいのだ。

 あの夜も、雨は降っていたが、木々は光を放っていた。

 そんな木々の間で、植物とは違う光が地面に落ちているのを見つけたのだ。

 死にかけている、何か。

 ハレは、そう判断した。

 最初は、死期の近い動物かと思った。

 しかし、戻って来たリリューの腕には、白い髪の少女が抱かれていたのだ。

 トー。

 そう、ハレは思った。

 いや、ここにはいない彼に呼びかけていた。

 トーの同胞が、死にかけている。

 トーは、一人月側を離れた者。

 この少女は、いまもなお月側の者。

 味方に追われているようだが、だからといって、イデアメリトスを憎む教育を受けていないわけでもない。

 意識が戻ったら、自分が襲われる可能性もあった。

 だが。

 助けたいと思ったのだ。

 そのやせ細った、憐れな姿を見たら。

 月の側に戻るくらいなら、行き倒れた方がましだと──そう覚悟を決めた彼女を生き延びさせたいと思った。

 そして、おそらくきっと。

 歌を、歌うだろう。

 桃の歌が、悪いというわけではない。

 だが、トーの歌が格別過ぎて、ハレの心を強く捕えていたのだ。

 想像通り。

 彼女の歌もまた──格別だった。
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