アリスズc

 歌は──同時に、彼女の身体を輝かせ始めた。

 再び目を開けたハレが見たものは、唇から指先まで光が流れてゆく様だった。

 滞っていた血を、一気に身体に巡らせるように、少女は歌で自分の生気を取り戻しているのだ。

 それが、更に歌の力を強める。

 唇はしっかりと開き、吸い込まれる息と吐き出される息が増え、遠く遠くまで歌が響くのだ。

 その強い歌は、彼女をより力強く輝かせる。

 素晴らしい、正の連鎖。

 そして。

 彼女が、歌を続けるごとに。

 黒く残った髪の一部が、白く変わってゆく。

 ゆっくりと、筆で白い絵の具が塗られるように、根本から毛先へと白い筋が流れるのだ。

 その白が、毛先へと到達した頃。

 歌は。

 終わっていた。

 遠く遠くを見ていた瞳の焦点は、きちんと合っている。

 その目が、一度自身の両手を拳にする様を見て。

 そして。

 桃を見るのだ。

 覚醒のきっかけを与えた桃を。

「あー…ぁぁ…うー?」

 その唇から洩れた音は。

 意味のない音の羅列。

 刹那。

 ハレの背筋に、ぞっと冷たいものが走った。

 言葉には──知識が含まれていなかったのだ。

 声が、出せないわけではない。

 それは、さっきの素晴らしい歌で証明済みである。

 だが、その声にはどこの国の言葉もなかった。

 歌以外の。

 歌以外の知恵を、この娘は与えられていないのだ。

 何て、ことを。

 ハレの胸に、悲しみと憤りの両方が強く渦巻いた。

 何て、無体なことを。

 彼女は。

 ただの。

 歌う人形だったのだ。
< 74 / 580 >

この作品をシェア

pagetop