アリスズc

 リリューは、少女を捕まえなければならなかった。

 相手は傍系とは言え、イデアメリトスだ。

 しかも、ハレよりも寛大ではない。

 そして。

 物凄い速さのフードの男が──オリフレアの前に立ちはだかったのだ。

 そのすんでで、リリューは少女を抑え込む。

「コー!」

 モモが、慌てて少女を引き取りにやってきた。

 いやいやとリリューの腕の中から逃れようとする彼女も、モモがやってくるとおとなしくなる。

 コーとは、モモがつけた少女の名前だ。

 彼女には、名前がなかった。

 皆の名前を覚えてしばらくして、少女もそれに気づいたのだろう。

 自分の胸を両手で触れ、首を傾げたのだ。

 自我が。

 彼女の中に、自我が芽生え始めていた。

 トーの名前をもじって、コーと。

 そう、モモが呼んだ。

 少女は、自分の胸に押し付けた手にぎゅっと力を込めて。

 嬉しそうに、「コー」と繰り返したのだった。

 そんなコーは。

「桃…オリフレアレックシズ」

 懇願するように、イデアメリトスの女性を指差すのだ。

 彼女はその上、リリューに出来ないことを簡単に成し遂げた。

 日本人にしか分からないだろう、モモの名を日本人の親と同じように呼ぶのだ。

 リリューも。

 母の名を、母の国の人にように呼びたくて、練習したことがあった。

 子供の頃の話だ。

 だが、モモにはそれが出来るのに、自分には出来ない。

 それは、母と同じ血が入っていないからだと──諦めた。

 そうではなかった。

 そうではなかったのだ。

「申し訳ありません…この子は、人の形を触って確かめたがるだけて、決して害するつもりはありませんので」

 モモは。

 まるで、コーの母親のように頭を下げた。

「随分大きな子供ね…毛色も違うし。どこで拾ったの?」

 フードの男の影のオリフレアの目が──ギラッと光った。
< 79 / 580 >

この作品をシェア

pagetop