アリスズc

 イデアメリトスの、傍系の誰か。

 禁止されている魔法の使用は、見つかったならば即極刑だ。

 しかも、相手はそれをテル一行に向けて来た。

 こっそり使うのではなく。

 ビッテが食らったのは、『場』の魔法だった。

 魔法は、個体を対象にする場合と、場全体を対象にする場合とある。

 彼女は、彼らが通ると知っていて、眠りの魔法の場を作っていた。

 その中に、ビッテは突っ込んだのだ。

 下手したら、全員がぐっすり眠らされていただろう。

 極刑を恐れず、テルに魔法をぶつけてくる女。

 間違いなく──自分を殺すつもりだ。

 殺さなければ、彼は女の存在を知る生き証人になってしまうのだから。

 テルは、覚悟した。

 死ぬ覚悟ではない。

 自由に魔法を使う相手と、戦う覚悟だ。

 先ほどのやり取りで、ヤイクもエンチェルクも緊張したのが分かった。

 普通の戦いならば、100人分ほどありそうなビッテが、あっさりと魔法で落とされた。

 魔法とは、そういうものなのだ。

 たとえ、どれほど抵抗しようとしても、ほとんどの人間は抗うことが出来ない。

 対して、テルが使える魔法は── 一度だけ。

 その一度で、確実に彼女を仕留めなければならない。

 捕まえようなどと、甘いことは考えられなかった。

 向こうは、殺す気だ。

 しかし。

 即座に殺す気ではない。

 もしそうならば、最初から眠りではなく命を奪う魔法をぶつけてくるだろう。

 話を引き出すつもりか、この身を操るつもりか。

 はたまた。

 嬲り殺す気、か。

「殿下…私は逃げていてもよいですか?」

 ヤイクが、あっさりと白旗を上げる。

 エンチェルクは、そんな男を睨みつけるが、彼はさっさと林へと消えて行ったのだ。

「エンチェルクも…さがった方がいい」

 テルが言うと。

 彼女は──首を横に振った。
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