アリスズc

 女は、驚きの余りテルを見つめたまま、一瞬動きが止まった。

 最初の雷に、打たれたと思っていたに違いない。

 だが、彼女はそれを信用しきってはいなかった。

 確実に止めをさすために、水を撃ったのだ。

 だが、女は知らないのだ。

 テルは、これまでのイデアメリトスの子とは違う。

 己の身は、己で守ることの出来る、イデアメリトスの子なのだ。

 その呆然とした隙に。

 エンチェルクが、飛び込んできた。

 彼女の刀が突っ込むのと、驚いた女が左の手を突き出すのは──女の方が早かった。

 ぞっとした。

 間に合わない。

 魔法の発動の方が、速い。

 テルは、髪を巻いた手を突き出そうとした。

 それとて、到底間に合わない。

 分かってはいたのだ。

 分かってはいるが、何もせずに見ていることが出来なかった。

「エンチェルク!」

 女の手が、真っ赤に燃える。

 焼き殺す気だ。

 テルが、遅れて右手の魔法を発動しようとした時。

 とすっ。

 そんな、音がした。

「お…当たるもんだな」

 エンチェルクと女が対峙する反対側。

 少し離れたところに──ヤイクがいた。

 女の背に突き立つ、彼の短剣。

「ぎゃあああああああ!!!!!」

 激痛で振り回される炎に、エンチェルクは飛びのいた。

 あぁ。

 そうだ。

 ヤイクは、政治肌ではないか。

 敵も──味方も騙すのはお手の物だ。
< 86 / 580 >

この作品をシェア

pagetop