アリスズc

 ようやく次の町に到着したテルたちは、本当に疲れ果てていた。

 度重なる月の襲撃。

 そのとどめが、イデアメリトスの反逆者だったのだ。

 少し、ゆっくりするか。

 三人を見回しながら、テルはそう思った。

 あいにく、領主のいる町ではなかったために、身の安全は確保されない。

 しかし、さすがに月の者も、町の中ではいままでのように襲っては来ないだろう。

 少なくとも、町の人間を敵に回す形では、だ。

 そこが、彼らの不思議なところで。

 周囲を巻き込んでも良いと思っているのならば、一般人を人質に取ってテルを脅せばいいのだ。

 お前が死ななければ、次々殺して行くぞと言えばいい。

 彼らは、太陽を心底憎みながらも、自分たちが太陽を根絶やしにした後のことも考えている。

 この国は、とても大きい。

 太陽の地位にとって変わった時── 一番怖いのは、領主や民衆が敵になることだ。

 下手をすれば、各地の民衆や領主が蜂起して、この土地を奪い合う世界になりかねない。

 月の人間は、それを力技でねじ伏せるほどの、魔法の力をもはや持ってはいないのだろう。

 長い年月は、彼らの血を薄めてしまったのか。

「食料の買い出しに行って来ます。エンチェルクを借りますよ」

 ヤイクが、宿のテルに一声かけた。

 自分の身を、エンチェルクに守らせる気だろう。

 それに。

 食料品を見る目は、彼女の方が遥かに上なのだ。

 テルにはビッテがいるので、安全には問題ないと考えたのだろう。

 ヤイクが出て行くと、彼はビッテを部屋へ招き入れた。

 話相手が欲しかったのだ。

「わき腹は大丈夫か?」

「はい、殿下の御薬のおかげです」

 その後、少しビッテは言い淀んだ。

 そして。

「先日は、私の修行不足で、殿下の御命を危険にさらしてしまいました…申し訳ありませんでした」

 至極真面目に。

 彼は、ずっとそれを悔いていたのだ。

 修行不足。

 相手は、イデアメリトスだったんだがな。

 笑ってしまいそうになるが、笑うとビッテを傷つけそうで、テルは何とも言えない表情になってしまったのだった。
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