アリスズc
∠
「スエルランダルバ卿は…意気地のない男とばかり思っていました」
そう言えば。
こうして、ゆっくり二人で話す機会というものは、ほとんどなかった気がする。
テルは、ビッテと話しながらそう考えていた。
そんな彼の口から出るのは、スエルランダルバ卿という男。
ヤイクの名である。
彼は、既に貴族だ。
だが、野心ある貴族だった。
旅をすることで見識を広める──勿論、その意図もあるだろう。
その先に、『賢者』という職があるかもしれない。
それもまた、彼の野心の計算に入っているのは間違いなかった。
「しかし、卿は彼女の命を救いましたよ…ね」
ビッテは、思い出しているのだ。
あの、反逆者との戦いのことを。
ああ、そうか。
彼もまた、目覚めていたのだ。
あの時には。
ヤイクが、エンチェルクを救った。
その表現が、正しいのかどうかは、テルには分からない。
女の意識が、全てエンチェルクに注がれて、武術の腕のないヤイクに千載一遇のチャンスが回ってきた。
それだけだったのかも。
しかし、結果的にはエンチェルクは救われたのだ。
その間、ビッテは起き上がることもままならず、どれほど悔しい思いをしたことだろうか。
テルでも、そうだったろう。
起きろ、動け、立て、と自分をどれほど叱咤するだろうか。
戦える人間が、戦うべき場で、戦えなかったのだ。
悔しくないはずがない。
「ビッテルアンダルーソン…」
テルは、武の従者の名を呼んだ。
「ヤイクルーリルヒは、無駄なことはしない男だ。その男が戦う気を見せない時は…お前なら勝てると信頼しているということだ」
ビッテは、「はい」とそれを噛みしめるように答える。
これは、少々大げさな表現だと、テルは分かっていた。
だが、いまのビッテに必要なのは、次の戦いへ新たに気持ちを切り替えることである。
あまり、彼がヤイクに一目置くようになっては、本当は危険なのだが。
何故なら。
ヤイクは、そんなビッテの純粋な心理さえ──うまく利用できる男なのだから。
「スエルランダルバ卿は…意気地のない男とばかり思っていました」
そう言えば。
こうして、ゆっくり二人で話す機会というものは、ほとんどなかった気がする。
テルは、ビッテと話しながらそう考えていた。
そんな彼の口から出るのは、スエルランダルバ卿という男。
ヤイクの名である。
彼は、既に貴族だ。
だが、野心ある貴族だった。
旅をすることで見識を広める──勿論、その意図もあるだろう。
その先に、『賢者』という職があるかもしれない。
それもまた、彼の野心の計算に入っているのは間違いなかった。
「しかし、卿は彼女の命を救いましたよ…ね」
ビッテは、思い出しているのだ。
あの、反逆者との戦いのことを。
ああ、そうか。
彼もまた、目覚めていたのだ。
あの時には。
ヤイクが、エンチェルクを救った。
その表現が、正しいのかどうかは、テルには分からない。
女の意識が、全てエンチェルクに注がれて、武術の腕のないヤイクに千載一遇のチャンスが回ってきた。
それだけだったのかも。
しかし、結果的にはエンチェルクは救われたのだ。
その間、ビッテは起き上がることもままならず、どれほど悔しい思いをしたことだろうか。
テルでも、そうだったろう。
起きろ、動け、立て、と自分をどれほど叱咤するだろうか。
戦える人間が、戦うべき場で、戦えなかったのだ。
悔しくないはずがない。
「ビッテルアンダルーソン…」
テルは、武の従者の名を呼んだ。
「ヤイクルーリルヒは、無駄なことはしない男だ。その男が戦う気を見せない時は…お前なら勝てると信頼しているということだ」
ビッテは、「はい」とそれを噛みしめるように答える。
これは、少々大げさな表現だと、テルは分かっていた。
だが、いまのビッテに必要なのは、次の戦いへ新たに気持ちを切り替えることである。
あまり、彼がヤイクに一目置くようになっては、本当は危険なのだが。
何故なら。
ヤイクは、そんなビッテの純粋な心理さえ──うまく利用できる男なのだから。