アリスズc

 エンチェルクは、ヤイクに引っ張り出された。

 本来、保存食などの買い出しは、彼女の仕事だ。

 逆に言えば、ヤイクが来る必要はない。

 だが、彼はこれまでも必ず買い出しには、自発的に動いていた。

 こうして歩き、品物を見、人の話を聞き、相場を知り──己の血肉にしているのだ。

 子供の頃のヤイクは、町で仕事をするのを嫌がっていた。

 貴族の息子として、許せないものがあったのだろう。

 だが、そんな彼を。

 ウメが変えた。

 その延長線上に、あの時の彼がいるのだろうか。

 あの時。

 そう。

 イデアメリトスの傍系の女性との戦いの時。

 エンチェルクは、まったく彼のことなどあてにしていなかった。

 しかし、彼がいなければ、いまごろエンチェルクは無事では済まなかっただろう。

 ヤイクは。

 己の損得しか考えていない男だ。

 結果的にこそ、自分を救う結果にはなったが、それを目的に動いたわけではない。

 そんなことは、エンチェルクにだって分かっている。

 だが、彼がただの貴族の口だけ坊ちゃんだったら。

 エンチェルクは、いまこうして立っていないのだ。

 ウメが。

 間接的に、彼女が自分を救ってくれたのか。

 そう、エンチェルクには思えた。

 それならば。

 そうだというのならば。

 自分は、この男に言えるのではないか。

 この男の向こう側にいるウメに。

 感謝の──言葉を。
< 92 / 580 >

この作品をシェア

pagetop