アリスズc

「鍛冶屋に寄るぞ」

 買い出しに、ある程度めどがついた後、ヤイクはそう言った。

 エンチェルクは、黙ってついていくだけだ。

 彼の言葉は、ただの結論で。

 それに彼女が答えようが答えまいが、何も変わらない。

「親父、短剣をくれ」

 鍛冶屋の奥の煤で汚れた男に、ヤイクは声を投げる。

「は、はい、ただいま」

 同じように汚れた娘が、父の脇をすり抜けて店の入り口に出てきた。

 エンチェルクは、彼女に目を奪われた。

 あちこちに火傷を負った手。

 その手は──職人の手をしていたのだ。

「鍛冶屋…この家は、娘が継ぐのか?」

 ヤイクも、それに気づいたのだろう。

 短剣を数本出してくる娘の頭を飛び越えて、親父に問いかけた。

「…何か文句あっか?」

 愛想の悪い親父の一言。

「ない。いい短剣だな…娘が作ったものをもらおう」

 ヤイクは、あっさりと言葉を返し、娘に笑いかけた。

 娘は。

 一瞬、呆けた後──泣きそうになった。

 その表情を、何とかぐっとこらえて。

「こ、これです…」

 一本の短剣を差し出した。

「この短剣の出来次第で、私の生き死にが決まるかもしれない。いい物を作れよ」

 ヤイクは、金を払って受け取ると、それを腰に差した。

「はい」

 娘は、とても嬉しそうだった。

 きっと、これまでとても苦労してきたのだろう。

 それが、ヤイクの言葉で少し報われたのか。

 エンチェルクは。

 そんな娘が。

 少しだけ──うらやましいと思った。
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