アリスズc

 ホックスが大きなあくびをしたのを、リリューは見ていた。

 コーの歌のせいだろう。

 桃が一度駆け寄った後、明らかに彼女の歌は変わった。

 さっきまでが、夜の祭だとするならば、今度は祭の終わった後というところだろう。

 疲労が、少しずつ眠りに形を変えて押し寄せてきて、まどろむ瞬間の何と気持ちのよいことか。

 桃まで、あくびをかみ殺している。

 そんなコーの姿を、ハレは満足そうに見つめていた。

 彼女が歌えば歌うほど、月の人間はそれを知って追い掛けてくるだろうに。

 分かっていながらも、彼は歌わせようとするのだ。

 リリューの視線に気づいたのか、ハレはこちらを見る。

 ついに日は落ち、夕焼けのみを残す薄暗くなっていく世界で、彼は金褐色の瞳を細めている。

「これから、なお一層世話をかける」

 歌にまぎれる、男の声。

 見た目は十歳ほど。

 しかし、ハレの瞳は男のものだった。

 ハレの言葉も、男のものだった。

 元々、穏やかで大人びていたが、旅を続けるほどにそれがなお一層強くなってゆく。

 彼が太陽になれば、どれほどの良い時代が来るだろうかと、一瞬リリューの頭の中に翻る。

 ハレは望んでいないが、彼はそれを惜しいと思いかけたのだ。

 決してリリューは、自分が賢者になりたいとは思っていない。

 テルが相応しくないと、思っているわけではない。

 だが、この男を惜しいと思った。

 ここで初めて、太陽にならないと言った彼を惜しんだのだ。

 共に旅をする。

 それは、世界を知ることでもあるが、同時に旅の仲間の本質を知ることでもあった。

 ハレイルーシュリクス。

「命に代えても、お守りしますよ」

 彼は、この男にそれだけの価値があると見定めたのである。

「もはや、魔法も使えない身だ。お前の命がなければ、私の命もない」

 イデアメリトスの御子は、そう言って笑うのだ。

 リリューが死ぬ時は、自分も死ぬ時だ、と。

 男たちの心を知らぬ、優しい優しい歌が──星の出始めた空を渡って行くのだった。
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