短編集
 仕組みはともかく、私はこのNISHI2-407を大いに活用した。もとより教室移動を共に行うような友人は少なく、学年に似つかわしくない量の授業を履修していた私には、NISHI2-407は有難いことこの上ない移動手段だった。授業後には先生方と休み時間ギリギリまで話ができる。講義の授業は、言ってしまえば導入に過ぎない。自分の探究心の矛を深々と刺せるのは、先生方に直接尋ねる質問や会話の中である。
 アドレスと決定とアクセス。建物間の移動さえ素早くできるのなら、上下の移動は問題ない。エレベーターでもエスカレーターでも、あるいは西五号館のB階段のような存在感の薄い階段を使って、簡単に行える。初めは移動する瞬間の揺れが恐ろしかったが、だんだんと慣れていった。揺れは、体調が悪い時に、急に立ち上がって眩暈を感じる程度のものだ。足を踏ん張れば、なんということはない。
 ごくたまに、例えば西五号館のB階段のドアを開けて中に入る人を見る。あるいは、西二号館四階の、行き止まりになっている廊下へ向かう人。もしくは、もっと綺麗で明るいトイレが近くの建物にあるのに、東別館のトイレから出てくる人。NISHI2-407を知るまでは、私はそういう人を見かける度に疑問に思っていた。あの人はどこに何の用があって、そんな人気のない場所にいるのか、と。でも今なら分かる。私も彼らの一員だ。
 口外禁止、の約束はNISHI2-407の利用者同士でも堅く守られている。話して良いのは、NISHI2-407を教えてくれた先輩だけ。また利用者が鉢合わせることも極力避け、もし先着の者が居れば、後から来た者は黙って去って別の手段で移動すること。
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