短編集
いつもの道を抜けると、この時期だけの垂れ幕が私の行く手に立ちはだかる。

『バレンタインデーにチョコレートを贈ろう!』

嫌よ、と呟きながら、私は帽子を被り直した。さて、これから私は、ここに積まれたチョコレートを売らなければいけない。

「本場ベルギー直輸入の」
「カカオの香り高い」
「とろけるような」
「男性受けの良い」
「女性に贈っても喜ばれる」

 そんなチョコレートを。はあ。


 小売店で働いている私が言うのもアレだけど、結局はお菓子メーカー・業者の商戦よね。不祥事を起こした老舗メーカーもバレンタインデーまでに経営を再開させたかった。儲け、利益。

 大体ね、この時期に屋内でチョコレートを売るのは難しいのよ。冷蔵庫に入れて置けば良いけど、全部って訳にはいかない。お客様に手にとって頂き易い方が良い。でも暖房のせいで溶けてしまうのは防ぎたい。溶けたチョコレート、苦情を直接受けるのは私じゃないけど、受ける人も大変だろう。


「はいどうぞ」
 私は袋に入れたチョコレートを小さな女の子に渡した。女の子はにこっと笑うと、お母さんと手を繋いで帰って行った。
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