短編集
 お父さんにあげるんだろうな。幸せだね、お父さん。可愛いうちに貰っておきなさいね。糖尿の気があるうちの父にはチョコレートは禁物。

「あ、ショーコ」
「あれ、リナ?」
 友人がチョコレートを買う。
「誰に? ミヤウチ君?」
 リナは頬を赤くしながら首を縦に振る。彼女が恐ろしく不器用なのはミヤウチ君も知ってるんだろう。
「ねえショーコは? 誰かにあげないの?」
 私はお釣りを返しながら、あげない、と言った。
「あげたい人もいないしね」
 だから正直、リナのようにチョコレートを渡す相手がいるのは羨ましい。袋を受け取ったリナは何か考えると、小さい箱を売り場から持って、またレジに来た。さっきのお釣りでそのチョコレートを買うと、
「はい」
 と私から買ったチョコレートを私にくれた。
「寂しいショーコに」
「冗談に聞こえないよ、リナ」
 リナは笑ってじゃあね、と去る。

 バレンタインデーにチョコレートをこぞって買うのはどうかと思うけど、バレンタインデーにチョコレートを買って行くお客様のほとんどが笑顔で去る。それだけは嬉しい。
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