短編集

「だから、どうしてそれをコウが謝るのですか。なにゆえ千吉が来ないのです、千吉はそんなに弱い男ですか。わたくしの前に現れることを、それほど恐れているのですか」
　すでにコウの涙は留まってなどいません。ぽろぽろと零れ、頬を伝い、わたくしの打掛にも涙は染み込んでいきます。

「わたくしは、怒ってなどいませんよ」
　出来るだけ、優しい声を選びました。コウの涙に負けそうになりますが、くっと堪えます。
「コウは、千吉から何を聞いたのです」
　コウの体をさすります。コウは体を震わせながらも、だんだんと息を整えていきました。そして大分落ち着いた頃、はっきりした声で答えました。

「すべて、聞きました。」　すべて、が何を差すのかはわかりません。しかし、コウがすべてを聞いているならば。わたくしがこの何日かで考えたことを確かにする助けになるでしょう。
「コウ、千吉がやつれた、と言いましたね。なにゆえですか」