短編集
「姫様にひどい事を言い、そして大切なことを言えなかった、と悔やんでいました」
「ひどい事を言ったのはわたくしの方です。コウを伝令にするようで忍びないが、どうか千吉に、感謝していますと伝えて下さい」
 コウは狐につままれたような顔をしました。わたくしは乱れたコウの髪をすっと撫でてやりました。

「姫様」
「あんなことを言ってしまいました、さぞ千吉を傷つけたでしょう。コウ、わたくしはあの後ずっと考えていたのです」

 わたくしは半ば独り言のように、コウに語りました。晩秋の夜は更け、月はわたくしたちを静かに照らします。











 確かに千吉の言ったように、わたくしは身分を超えた思いに憧れていたのです。けれどもそれは、ただ憧れていたのではなく、千吉が気になっていたからです。相手が千吉だったからです。
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