短編集
「紗和、本当に私、貴哉のお嫁さんになれるかも知れない」
 放課後のファストフード店で、ポテトを摘みながら憬子が言う。淡い色で塗られた、形の良い爪が羨ましかった。
 私は「なんで?」ととぼけてみせた。別の友だちから、聞いて知っている。だけど、本人の口から言わせたかった。
「その……付き合うことにしたの、ね、貴哉と」
 待ち合わせなのだろう、貴ちゃんが店のガラス窓をコンコンと叩いた。憬子の顔がぱっと明るくなり、店の外へ駆け出す。私に気付いた貴ちゃんは困ったような顔をした。私はひらひらと手を振り、二人の背中を見送った。すらりと背の高くなった貴ちゃんと、短いスカートから細い脚を見せる憬子の後ろ姿は、何かの物語のようにお似合いだった。

 私と憬子は、ずっと一緒にいた。小さい頃からずっと友だちで、おばあちゃんになっても友だちでいるはずだった。高校生の時に、もう一人の大切な友だちと憬子は、恋人になった。私は一人取り残されたようで、その虚しさから逃げるように東京の大学へ進学した。きっとこの心の距離は、時間と、私たちの成長が埋めてくれる筈だった。

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