短編集
 そんなことを思い出していたら、嗚咽がこみあげて来た。涙はひたすらに溢れ、拭っても拭っても止まらない。
「なんで……」
「車は、走る鉄の塊」
 貴ちゃんは、自分自身に言い聞かせるように、ゆっくりと一つ一つの言葉を繋げる。
「憬子が、あの場所にいたのは偶然」
「そこに……居眠り運転が…た……も……偶然」
「そう」
「偶然……」
 何度聞いたことだろう。
 それはもしかしたら憬子ではなく、私か、貴ちゃんか、他の誰かだったかも知れない、ということ。偶然とは、そういう意味だ。

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