短編集
「憬子のそばにいてあげてよ。帰ってよ、貴ちゃん」
 怒りだけは現れないよう、言葉を繋ぐのが精一杯だった。それでも、声は震えた。
「紗和」


「幼なじみって、不思議だよね」
 憬子がしみじみと口にした。去年の夏だった。
「何が?」
 私は、手元に分厚い本を開き、ノートパソコンの画面とにらめっこをしながらも、左耳から聞こえる憬子の話に付き合っていた。
「だってさ、紗和、大学の同級生みんなと友だちになった?」
「ううん」
「だよね。紗和、人見知りするし」
「……で?」
「ああ、ごめん」
「声が笑ってる」
「ふふ。大学で知り合う人と、幼なじみの違いとは何でしょう」
「憬子……私、明日提出のレポートを書いてるの。これ以上悩ませないで」
「東京の大学になんか行くから」
「はいはい。で、答えは?」
 憬子は、少し間を開けた。それから、笑い声を無理矢理抑えた声で、素敵な言葉を唱えた。
「私たちの出会いの方が、運命的なのよ」

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