短編集
 さわ、と私の名前を口にした、その開いた口は、ゆっくりと閉じられた。
 私は、じんわりと熱くなった瞼に腕を当て、少しそのまま息を吐く。
「紗和のことが好きだから、憬子と別れたんだ」

 何、それ。
 貴ちゃんの顔を見た。改めて見た。日焼けした肌、短い黒い髪。憬子以外にも、貴ちゃんに憧れの眼差しを向けた女の子を何人か知っている。爽やかな面立ち。

 私は、数年前の自分の感情を思い出した。私も、この幼なじみに恋心を抱いていた。
「私も貴ちゃんのことが好き……」
 貴ちゃんの目が光った。私は言葉を繋いだ。

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