短編集
帰りの中央線の電車の中で、私はつい二十分前の出来事を何度も思い返しては、モヤモヤとワクワクとドキドキが入り混じったような、何とも形容しがたい感情をもてあそんでいた。携帯電話を開き、インターネットの機能を展開する。URLの表示履歴を眺め、また首をかしげる。同時に口元が緩む。
http://XXXXX.ac.jp/base/nishi5-m1/higashibetsu-wc/
学校法人のホームページアドレスの後に、baseすなわち基地の名称を出発点、到着点の順に入力する。出発点は西五号館の一階と地階の中間だからnishi5-m1となる。到着点は、これは先輩の悪意としか思えないのだが、東別館という古い建物のトイレの前でhigashibetsu-wcとなる。
決定ボタンを押して「アクセス」と唱えた私は、地面がぐらりと揺れる、大きな地震のような感覚に耐えられず、床にかがんで瞼を閉じた。揺れが収まってそっと目を開けると、そこは先ほどまでいた階段の踊り場ではなかった。わずかな明かりを黒く怪しく照り返す木目の壁。首筋を撫でるようにひんやりとした風が過ぎ、見上げた先の磨りガラスに映るのは、青白い人影――。
ぱたん。気の抜けるような音に振り返ると、先輩は声を立てずに笑っていた。手には閉じられた携帯電話。
「え」
もう一度磨りガラスを見ると、もうそこに人影はない。携帯電話の画面が放つ光に照らされた先輩の姿が映っていただけだ。気を取り直して私はようやく立ち上がり、ぐるりを見回してみる。そう、先ほどまでいた場所、西五号館のB階段の踊り場ではない。
「ここは東別館」
私は成功した。
「おめでとう」
先輩が屈託のない笑顔を見せて、祝辞を述べた。
私は成功したのだ。伝説の空間移動、NISHI2-407に。