紅朧

 仁央様は今夜もお出かけになります。お家の方の話に依れば、相手の方は洞院の綾様。その美しさに御庭の桜が恥じらって一晩で散ってしまったという逸話をお持ちになるとか。上機嫌で身支度をされる仁央様を見て、わたくしは知りたいと思いました。洞院の綾というお方を自分の目で見たいと思いました。


「くろう、紅朧」
「どうなされました、仁央様」
「ああ、晶のお婆。紅朧を見かけなかったか?」
「いいえ?」
「どこへ行った、紅朧……」
「仁央様、紅朧は私たちで探しておきます。ご飯になったら出てくるでしょう」
「だと良いが」
「そんなに心配なさらずとも……紅朧にもいいひとが出来たのかもしれませんし」
「馬鹿を言え」
「されごとでございますよ」
「いずれにしろ……頼んだぞ」
「はい」


「仁央様、お待ち申し上げておりました」
「すまぬな。綾殿、今日はまた、美しい小袿をお召しに。藍の階調に桔梗か」
「仁央様に見て頂きたくて……」
「あなたの髪と良く映える」
「嬉しゅうございますわ。仁央様、御庭へ参りませんか?ちょうど橘が見頃ですの」
「そうか」

「良い香りだ」
「でございましょう」
「白い花が月に輝いている」
「ええ……」
「……綾殿」
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