澤木先生のサイアクな日曜日
「サイアク。ツケマ、取れてるし」
澤木の謝罪を聞き流し、しきりに目の辺りを気にしているアユミ。
澤木から見れば、目の周りには今も十分色々付いているのだが、「最悪」というからには、何か大切なものが取れてしまったのだろう。
「盛りも、つぶれちゃってるし」
「あー!ネイルも、はがれてるぅ!」
「はぁ・・・サイアク」
澤木は、「本日の最悪」を数え上げるアユミの、ベッドのそばに腰を下ろした。
「野球は、負けるし」
「ジュースこぼすし」
「バスで隣に立ってたオヤジの息、臭かったし」
「占い、下から2番目だし」
「・・・パンツ、見られたし」
「最悪」を一通り述べた後、アユミはまた「パンツ」に戻ってきた。
「てかもう、チョーサイアク」
アユミは枕を抱きながら、枝毛をプチプチ引っ張り始めた。
「それは大変な日でしたね」
「最悪」という言葉がもともと「最上級に悪いこと」を意味している以上、それに更に「超」という強調語をつけるのが文法的にどうかということは置いておいて、澤木はアユミの気持ちを思い量った。
悪いことは、重なるものだ。
そしてそれを受け止めるアユミの心はまだ、大人と子どもの中間で、それら全てを受け流せるほど大きくはないのだろう。
「でも、大丈夫ですよ」
澤木は立ち上がり、処置室の扉を開けた。
「あなたはサイアクなんかでは、ありません」
開け放した扉の向こう、やっと空きはじめた待合室に残る、アユミの友人たちが見える。
「ミヤビ、なんか床に水たまりできてるし」
「お漏らしじゃね?」
「違うし!」
笑っている彼女たちもまた、「サイアク」な格好だった。
ずぶ濡れになった制服を、着たまま絞ったのだろう。プリーツは取れてしわしわ。
クリニックに来てからしばらく経つが、制服は遠目に見てもまだ「びしょ濡れ」の域を出ていない。
髪の毛は中途半端に乾き始め、毛足の長いシャムネコがシャンプーされた後のようなボサボサ頭。
「自分が濡れるのもいとわず、ここにあなたを連れてきてくださった。そしてあなたを待っていてくれるお友達が、
あなたにはいるじゃないですか」
澤木が、にっこりと微笑んだ。
「うらやましいです」