1970年の亡霊
 リノリュームの床に靴底がキュッキュッと鳴る。

 個室ばかりが並ぶ病棟の廊下は、消灯時間が近いからか、閑散としていた。

 ナースセンターの様子を見てみると、当直勤務の看護師が二人、就寝前の投薬の用意に追われているようだった。

 廊下を歩く男にまるで気付いていない。

 男は目指す病室へと歩みを進めた。

 病室の入り口に書かれた患者名を一つ一つ確かめながら、男はジャンパーの下に隠してあるナイフを握った。

 その名前を見つけた。

 男は一旦、目当ての病室を通り過ぎた。そのまま真っ直ぐ歩き、突き当りの非常階段を確認した。

 理由は、万が一の逃走経路を確保して置く為と、この方向から人が来ないかどうかを確認する必要があったからだ。

 出来れば事を終えた後、人の目にはつきたくない。

 男は踵を返し、標的の病室へと再び向かった。

 仕留め終わったら、非常階段で逃げる事に決めた。中央ロビーからでは、階段にしてもエレベーターであっても、ナースセンターの前を横切らなければならない。

 全てを隠密裏に……

 細心の注意を払って任務を遂行する事が、自分の任務だ……

 男はジーンズのポケットから手袋を取り出し、素早く両手に嵌めた。




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